夏休みが間もなく終わりますが、再登校の働きかけはしない

2世代シャアです。どうも。

絶賛不登校中の小学生ソウタ、先日「学校いけるかも!」と平日仕事が終わって帰宅したら教えてくれました。

どうやら、昼間に担任の先生が家に来て算数を教えてくれていたようです。

夏休みなのにホントご苦労さまです。

始業式に約1年ぶりに登校し、翌日から再び不登校になりましたが、担任の先生はなるべく早めの復帰を!と少し焦って働きかけたせいでソウタの信用を失い、一時的に会えない時期がありました。

それから少しずつ信用を取り戻して今に至ります。

その先生と今日話をしている時に行けそうと思ったようです。

「そうか、学校いけるかもって思ったんや。教えてくれてありがとうな!」と答えました。

始業式以前まで、何度か同じような発言は聞いていて、その瞬間は「行ける」と感じるらしいのですが、その気持ちは長続きせず翌日になるとほぼゼロになります。

その頃はゼロにならないように、ゼロをなんとかイチに戻すことに懸命になっていました。

今はもう自分のなかで「学びの場への復帰」は学校に特定せず、選択肢の一つとして考えるようにしているので、特にゼロになったからといって焦ることがなくなりました。

そして案の定、翌日ソウタに気持ちを聞くと「うーん。。。今はいけると思えへんなあ。」って感じでした。。。

毎度のことですが「学校に行きたくなったら行けばいい。」と伝えました。

夏休みが間もなく終わる・・・

ようやく終わります。地獄の夏休み、恐怖の悪循環が( ゚Д゚)

ホント待ち遠しかったです!

9月からは我が家に平穏の日々が訪れますように(-.-)

恐怖が気になる方はこちらの記事をどうぞ。

ソウタにとっても、いつもはあまりうるさく言われないのに夏休みだけは宿題しろって言われるので嫌だったらしい。(盆過ぎたあたりからのちょっとの間だけなんですが。。。(-_-;))

さて、お盆が過ぎて2学期の足音がすぐそこまで近づいているこの時期、不登校の子どもがいる家庭では、子どもも親も嫌でも学校を意識すると思います。

我が家も過去、夏休み・冬休み・春休みと3回の長期休暇明けの学校復帰を目標に働きかけてきたので、この時期に期待と不安が入り混じる気持ちが痛いほどわかります。(;´Д`)

私の場合はソウタと向き合い、「気持ちをしっかり受け止める」「小さいことでもちゃんと褒めてあげる」「小言はいわない」など自己肯定感を高める接し方をしてきたのだから、きっと再登校できるはずだ!と勝手に思い込み、その努力の「見返り」をどこかで「期待」していました。

だから、休み明けで再登校できなかった場合、期待を裏切られたと感じ、子どもに余計に厳しく接した記憶があります。

今から思うと、たとえ子の幸せを願う気持ちから取った行動とはいえ、なんて親の身勝手な押し付けなのか!と心から反省しています。。。

ソウタ、ほんとごめん。(-_-;)

期待することと信じることは違う

それに関係することなんですが最近ようやく、腹にストンと落ちたことがありました。

それは期待することと信じることは違うということです。

子どものためを思って働きかけたことに対して無意識に見返りを求めたり、期待どおりになってくれることを信じたり。

そもそも、「信じる」とは見返りを期待しない、ただその人のすべて受け止めることだと思います。

「期待しない」ってなんだか子どもを見放したように感じるかもしれませんが、子どもは必要以上に親の顔色や言葉からにじみ出る期待を敏感に察知し、親のために無理して頑張ろうとするので、期待しないことを心の基準にしておくほうが、親子ともども精神衛生上、気持ちがラクになるんじゃないかと。

少なくともソウタは、まわりの期待に応えたいって気持ちが強く、自分に無理して再登校し、また不登校になった経験があるので、期待しないことがとても大事でしょう。

そう気づかせてくれたのは、家入さんのTwitterでした。感謝!

子どもは誰でも自分の幸せのために、自身で感じ、考えて、行動するチカラが備わっていると信じています。

さて、おそらくソウタは2学期も学校に行かないでしょうから、学校以外の居場所づくりを目的としてソウタが足を踏み出せる環境を準備します。

ご興味ある方は前回のこちらの記事をどうぞ。

もちろん、足を踏み出すかどうかは本人次第なので期待はしませんがドキドキはします(‘ω’)